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全日本一般缶工業団体連合会

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2.草創期

1.一般缶製造業の起こり

文久年間(1861~1863年)に京都の竜文堂安之助が 、当時輸入した品物の容器であるブリキ缶を利用して 、茶缶などを製造したといわれる。
これが 、わが国におけるブリキ缶製造の起源であろうと考えられている(1)
その後 、各地でブリキ缶が作られたようだが 、いずれも金物業者が手作業で少量の製品を製造したものと思われる。
鋳掛師 、錺師 、鍛冶 、錫師 、銅細工 、箔打などの職人の技術との関連が考えられるが 、その詳細は明らかでない(2)
現存する企業で最も古いと考えられるのは京都の開化堂で 、1875(明治8)年に創業し 、手作りの印籠缶(茶缶)を製造した記録が残っている。
開化堂は 、度量衡販売所として宇治の茶の産地との取り引きがあったが 、茶の品質保存のために茶缶の製造に乗り出した。当初 、輸入された灯油の缶を洗って伸ばし 、茶缶を作ったといわれる(3)
東京では 、1882(明治15)年に東花堂(会社設立は1961〔昭和36〕年)が創業したが 、その製造技術は京都の開化堂の流れをくむものであろうといわれている。 創業者は 、大阪の天満の出身で 、洋傘製造からの転業である。
東花堂の創業以前にも 、東京ではすでに明治初期において製缶業が開始されていたが 、一般缶製造とのかかわりは明らかでない(4)

2.明冶初期の製缶業

明治初期の製缶業は 、缶詰製造業との関係が深い。わが国の缶詰製造は 、1871(明治4)年(一説には1869〔明治2〕年)長崎の松田雅典が同県の外国語学校広運館の雇教師フランス人ジュリ―からイワシ油漬缶詰の製法を教示され 、試作したのが始まりとされている(5)(6)
しかし 、缶材のことや製缶の方法については 、詳しいことがわからない。
その後 、各地で缶詰が製造されるようになった。
1875(明治8) 、1876(明治9)年頃 、内務省勧業寮樹芸掛で試製された缶詰の缶は 、東京四谷の根岸万吉が手細工によって納付したものであった。製折機械については 、外国製のものを購入し 、それを国内で模造した。
1875(明治8)年 、フィラデルフィアで開催された万国博覧会に事務官関沢明清と審査官池田謙蔵が官命により参加し 、ニューヨークで手動製缶機械一式(7)を330ドルで購入して帰国した。この製缶機械は 、1877(明治10)年開拓使の石狩町の工場に据えつけられた。
農具製作所では 、この製缶機械を模造したが 、これには技手星野興逸と鉄工片山小一郎の功績が大きかったといわれる。
また1878(明治11)年 、フランスの万国博覧会に副総裁として内務大輔兼勧農局長松方正義が出席したが 、それに同行した事務官成島謙吉と久保弘道は製缶機械を購入して帰国した。
この製缶機械は 、千葉県銚子町の宮内某の製造所(納屋)に据えつけられた(8)。1878(明治11)年には 、イギリス ・アメリカ両国に缶詰が輸出されわが国の缶詰輸出の端緒となったが 、そのため同年末東京芝公園内の開拓使出張所においてブリキ缶が本格的に製造された(9)
石井善ニ郎は 、1881(明治14)年東京市四谷区愛住町に製缶工場を設け 、製缶事業を開始した。内務省勧農局が缶詰の製造試験をおこなうに当たり 、石井の父根岸万吉に製缶を依頼したが 、彼は兄の根岸吉松とともに製造に従事した。石井などが使用した製缶機は 、本邦製の元祖であるといわれ 、勧農局が輸入したものを模造したものであった(10)
アメリカでは19世紀の終わり頃から缶詰業から製缶業が分離独立したが(11) 、日本では製缶業が確立せず缶詰業者がブリキを購入してハンダ付けによる内嵌缶 ・巻締缶などの自家製造をおこなっていた(12)
資料の関係で 、一般缶製造の実態は明らかでない。



(注)
(1) 通商産業省重工業局製鉄課監修: 「ブリキ缶製造業の現状と将来 」全国ブリキ製缶工業会1971
(1970〔昭和45〕年5月28日 、ブリキ缶製造業が中小企業近代促進法の業種指定を受けたことに伴い 、1974〔昭和49〕年度を目標とする近代化計画を策定するための基礎資料として 、ブリキ缶製造業の実態調査がおこなわれた。この調査は 、通商産業省重工業局製鉄課のもとで 、中小企業近代化審議会 、ブリキ缶製造業分科会 、中央推進協議会 、全国ブリキ製缶工業会 、調査員などの協力でおこなわれた〔調査対象企業189社 、回答企業174社 、回収率92.1%〕。)

(2)鈴木集三編ズ『日本職人辞典』東京堂 1985

(3) 開化堂資料および聞き取り(1992〔平成4〕年8月)による。現在の経営者は7代目 、4~5人程度の従業員を雇い 、下京区河原町で昔ながらの手づくりによる茶缶を製造している。

(4)東花堂製缶(株)(中央区日本橋浜町)での聞き取り(1992〔平成4〕年8月)による。現在 、従業員数は44人 、菓子 ・食品缶を主体にした製造をおこなっている。

(5) 前掲1-(2)

(6)前掲1-(9)

(7)中島常雄編: 「食品現代日本産業発達史l8 」 現代日本産業発達史研究会 1967

(8)日本和洋酒缶詰新聞社: 「大日本洋酒缶詰沿革史 日本和洋酒缶詰新聞70周年記念号 」
日本和洋酒缶詰新聞社 1974

(9)前掲1-(2)

(10)前掲(8)

(11)前掲1-(2)

(12)前掲(8)